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Dialogues

私たちはなぜ、西洋の本を出版してきたのか

  • 金彦鎬(ハンギル社代表)
  • 汪家明(中国出版集団三聯書店副総経理・副編集長)
  • 守田省吾(みすず書房取締役編集部長)
  • 司会:室謙二(東アジア出版人会議ウェブサイト編集部)

東アジアにおける翻訳出版は、どのような歴史をたどり、これからどのような方向に向かっていくのか。中国、韓国、日本の出版人が翻訳出版の役割と可能性をめぐって語り合う。

現代を考えるために何が必要なのか

EAPC

ここに集まっていただいたみなさんは、それぞれの出版社で西洋の本を精力的に出版してきました。もちろん、国の立場や歴史、出版社の性格はそれぞれに異なりますが、今日は、お互いのちがい、お互いによく知らないということをふまえて、東アジアにおける翻訳出版についてお話いただきたいと思います。まず、みなさんの出版社がそれぞれにどのような出版活動をされてきたのかご紹介いただきましょう。では、みすず書房の守田さんからお願いします。

守田

まず、日本の翻訳出版の歴史を簡単にご紹介します。日本を代表する知識人である丸山眞男は、「開国」という論文(1959年)のなかで、日本にとって開国は2回あったと述べています。最初の開国とは、江戸末期に日本が鎖国を解いたとき、第二の開国とは、第二次世界大戦での日本の敗戦です。

最初の開国によって、明治の初期、日本には海外のさまざまな文物が一挙に入ってきました。近代国家の建設のために必要な法律、政治、経済、そして文明といったものを積極的に吸収しようと、この時期には社会科学書の翻訳がたいへん多く出された。たとえば、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』、サミュエル・スマイルズの『西国立志篇』などです。とりわけ『西国立志篇』は大ベストセラーになりました。

20世紀に入ると、日本ではマルクス主義とドイツの新カント派への関心がとくに高まり、日本が戦争に突入するまでは、これらの思想にかんする本が数多く翻訳され、知識層を中心によく読まれました。

また、こうした社会科学書と同時に、明治以降、江戸時代からつづく読み物の系列として、たとえばジュール・ベルヌの『十五少年漂流記』などの冒険物語をはじめ、文学や大衆読み物もたくさん翻訳されます。ドストエフスキーやトルストイなどのロシア文学も、英訳を通じて紹介されました。そして、1920年代にはいくつもの出版社から世界文学全集が出て、日本の翻訳出版はひとつのピークを迎えることになります。この時期に翻訳されたのは、ほとんどがヨーロッパの本で、例外は魯迅くらいではないでしょうか。

その後、言論の自由、出版の自由が制限された戦時期をへて、敗戦を契機に日本は第二の「開国」に至ります。戦争によって言論の自由が奪われていたため、自由の精神、自由の思想というものを世の中に広げていきたいという意欲から、この時期に数多くの出版社が生まれました。みすず書房もそのなかのひとつです。

みすず書房は、日本の敗戦、すなわち1945年8月の4カ月後に創立されました。自由の精神を人びとに広めることを出版の理念として、まずヨーロッパにおけるレジスタンス活動に関わってきた著者たちもふくめて、フランスの本の翻訳に取り組みます。みすず書房の初期の出版を代表するのはロマン・ロランであり、彼の著作はほぼ全集に近いかたちで出版しています。

みすず書房にはこのほか、いくつかの出版の軸があります。ひとつは東西冷戦構造のなかで生まれた著作の翻訳です。みすず書房はソビエト共産主義に距離を置く立場をとっていましたので、おもにヨーロッパの社会科学の著作を翻訳してきました。

もうひとつは、ナチス・ドイツについて書かれた本です。日本の戦争責任を考える契機とするべく、ホロコーストにかかわる著作はもちろん、ドイツという国に関連する書物を出版してきました。

三つめは、マックス・ウェーバーをはじめ、19世紀末から20世紀に活躍した思想家の主著を中心に、多くの著作を紹介するラインナップです。ここには社会科学だけではなく、芸術などもふくまれています。

それから、ヨーロッパ以外のものとして、アメリカのプラグマティズム、社会学にかんする著作の翻訳も手がけてきました。

1960年代に入ると、実存主義や構造主義などフランスの現代思想が注目されるようになります。みすず書房では、実存主義の象徴的な存在であるジャン=ポール・サルトルの著作は出していませんが、現代を考えるための著作として、メルロ=ポンティやロラン・バルト、レヴィ=ストロース、ミシェル・フーコーといったサルトル以外のフランスの思想のうねりを積極的に紹介してきました。ですから60年代から70年代の読者にとって、みすず書房の本といえば、フランスの本の翻訳といってもいいかもしれません。

1980年代以降は、従来の見方でヨーロッパを見るということがなくなってきます。言い換えれば、この人の本を読めば世界がわかる、というような思想家がいなくなる。そんななかで、エドワード・サイードやジャック・デリダが登場してくるわけですが、みすず書房では、彼らの著作も翻訳してきました。

ところで、中国や朝鮮半島など東アジア地域については、たとえばアグネス・スメドレーの『中国の歌ごえ』や、ニム・ウェイルズの『アリランの歌』などの著作を翻訳してきました。この場合も、そのほとんどは英語で書かれた本からの翻訳です。

欧米の著作を中心とした翻訳出版の一方で、みすず書房は、日本の現在とこれからを考えるための基礎づくりにも力を注いできました。その大きな柱となったのが『現代史資料』というシリーズです。日本はなぜアジアにたいする侵略戦争をおこなったのか。その歴史的なプロセスを、資料を徹底的に集めることによって検証するために、およそ40年の歳月をかけて、一冊約700ページで全58冊にのぼるシリーズを刊行しました。

さきほどお話した丸山眞男は、戦前および戦後の日本の状況について、マルクス主義に批判的であり、天皇制に対しても批判的でした。マルクス主義と天皇制には自分で考えることなくあるイズムに入り込んでいくという共通点があり、丸山はそうした思想のありかたを批判したわけです。そうではなく、「自分でいかにして考えることができるか」を基調にするのがみすず書房の理念であると言えるでしょう。ですから、みすず書房は翻訳出版において、海外の最新の成果を紹介するという姿勢と同時に、いまの時代を考えるための重要な要素として、何が必要で何を紹介すべきなのか、という意識をもって取り組んできたわけです。

いまご紹介してきましたように、みすず書房は翻訳出版を中心に取り組んできた出版社と言えます。ですが、1960年代には全出版物の8割ぐらいを占めていた翻訳書は現在、5割か、それより若干少ないくらいです。これまでの経験から、欧米で新しく出版される個々の著作については、そのレベルや性格を判断することができますけれども、現在の中国や韓国で出版される本については、情報や経験の不足もあって、どのような本がみすず書房の本としてふさわしいか、どのような本が日本の読者に求められているか、その適確な判断ができるところまでには至っていないのが現状です。それは今後の課題ですね。

正しい歴史認識をもつための出版活動

EAPC

みすず書房の本は、私も高校生のころから読んでいましたから親しみがあります。やはり西洋の本の翻訳が多かったですね。ではつぎに韓国の金さん、お願いします。

ハンギル社は1977年から出版活動をはじめました。その背景には70年代以降の韓国社会の激動があります。60年代に新聞記者になった私は、70年代前半に同僚の記者たちとともに自由言論運動をはじめました。この運動が当時の朴正煕(パク・チョンヒ)政権と衝突することになり、1975年には運動にかかわっていた130人が解雇されてしまいます。当局に抵抗して新聞界を追われた人たちは、出版社に移ったり、みずから出版社をはじめたりした。こうした社会変化のなかでハンギル社は生まれたのです。

当時の韓国社会が抱えていた問題の根本には、2つの大きな歴史的事実が深くかかわっていました。そのひとつは、日本の帝国主義によって植民地支配下におかれたという歴史。もうひとつは、冷戦構造のなかで朝鮮半島が南北に分断された歴史です。

ハンギル社の出版活動は、まずこれら2つの歴史を考えることからはじまりました。日本の帝国主義支配の性格と意味とは何だったのか。われわれはなぜ分断されたのか。分断はわれわれに何をもたらしたのか。分断を克服するためにわれわれは何をすべきなのか。そうしたテーマに取り組んできたのです。当時は軍事政権に対する本格的な民主化運動がはじまった時期でしたので、ハンギル社は民主化運動を牽引していくための教科書を出版することを活動方針としました。そのため、当局との衝突は深刻で、実際、政府によって出版物を禁書にされたり、没収されたりしました。80年代半ばまでの十数年は、そうした政府との緊張関係のなかで出版活動をつづけていたのです。

発禁処分にされたハンギル社の本には、たとえば『解放前後史の認識』『偶像と理性』『民族経済論』といった著作があります。出版活動を通じて朴政権批判もおこないましたが、もっとも力を入れたのは、韓国の現代史を新たに解釈し直すということでした。というのも、80年代までは、植民地時代に日本帝国主義と結託していた勢力が権力の座についていたため、その歴史を明らかにすることで、当時の政権にたいして、直接的な政治批判よりもより根本的で強烈な批判となり得たからです。

当時は政府に批判的な大学教授や言論人が次々と解雇されたため、ハンギル社が中心になって彼らを集め、「ハンギル歴史講座」と「ハンギル社会科学講座」という講座をはじめました。8年以上つづいたこの取り組みの中心人物は、私たちが尊敬する民族主義者で民主化運動のリーダーであった咸錫憲(ハン・ソッコン)先生でした。彼は私たちの精神的指導者でもあり、ハンギル社では咸錫憲先生の全集を出版しています。

このように、ハンギル社の出版活動のコンセプトは、民族主義と民族自主といえるでしょう。その流れのなかに、当時は一般に注目されていなかった第三世界における社会運動の紹介も位置づけることができます。そうした取り組みはおもに、『韓国社会研究』『第三世界研究』『社会と思想』という雑誌で展開されました。

翻訳出版についても、ハンギル社の出版理念にそって、社会意識に富んだ欧米の著作を中心に出していました。たとえば、アメリカ政府を批判したチャールズ・ライト・ミルズの『パワー・エリート』、マルク・ブロックの『封建社会』『歴史のための弁明』などです。日本の本では、帝国主義時代における日本のファシズムを、これまでとはちがう次元で考えてみようと、丸山眞男の著作を韓国で初めて紹介しました。

文学では、「ハンギル世界文学」というシリーズを刊行しましたが、これは欧米を除いたアフリカ、ラテンアメリカ、アジアなどの第三世界の文学が中心となっています。また、世界文学の翻訳と並行して、イヴァン・イリイチの『脱学校の社会』、エヴァレット・ライマーの『学校は死んでいる』、インドの初代首相ネルーの著作などの翻訳も出しています。

こうした出版活動のかたわら、この時期に「ハンギル歴史紀行」と名づけた講座をはじめ、受講生を連れて歴史の現場の踏査に取り組みました。これは正しい民族主義的な歴史意識をもってもらうための活動で、その成果は、1986年から94年までの8年をかけて出版した『韓国史』という全27巻のシリーズとして結実しています。

その後、韓国社会に大きな転機が訪れるのは、ソウルオリンピックの前年の1987年です。この年に「6月市民抗争」が起こり、この抗争に勝利を収めることで、私たちは民主化を手に入れることができたわけです。

翌1988年のソウルオリンピックを経て1990年代になると、軍事政権から民主政権に変わったこともあり、韓国社会はさらに急激な変化を遂げます。グローバリゼーションの大きな波が押し寄せ、ハンギル社も社会の変化や読者の要求に対応しなければならなくなりました。そこで、従来の社会科学を中心とした出版から脱皮し、人間社会そのものをもっと根本的に考えてみようという人文主義の立場に立ち、「ハンギル・グレート・ブックス」という西洋と東洋の古典の翻訳シリーズをはじめました(現在75巻が刊行されている)。こうして、80年代よりさらにひらかれた姿勢で世界に目を向けるようになったのです。

中国の発展を推進させる西洋からの知識

EAPC

つぎに中国の三聯書店の汪さん、お願いします。

ではまず、中国の出版事情についてお話したいと思います。1911年の辛亥革命以前、中国は長いあいだ封建社会で、韓国や日本と同じように鎖国をしていました。しかし、19世紀末ごろから世界の列強の度重なる侵略を受け、中国はそれを退けることができませんでした。そこで知識人たちは、なぜ西洋諸国は強大な力をもち、中国は立ち後れているのか、なぜわれわれは列強の侵略に屈したのか考えるようになったのです。そして「西洋文明を用(よう)とし、中国の伝統を主体とする」というスローガンが掲げられました。

このスローガンのもと、西洋文明を中国の人びとに紹介するためにまずなすべきことは西洋の著作の翻訳でした。ところが、中国に数多く紹介された20世紀初頭の西洋の人文・社会科学の著作は日本経由でした。つまり、それらの知識は日本の学者の研究成果であったり、日本語からの翻訳だったのです。日本の著作をとおして西洋の知識を取り入れたことから、中国では日本も西洋の一部と認識されるようになり、この時期には中国の多くの学者が日本に留学しました。なかでも章太炎、魯迅、郭沫若は有名ですね。こうして当時の中国の知識人は、日本の知識人と深い関係を築くことになったわけです。

その一方、ソビエトのマルクス主義やレーニン主義、共産主義にかんする著作を大量に翻訳したり、アメリカへ留学する学者も多かったため、アメリカからはおもに科学技術にかんする最新の知識を取り入れていました。

中国はこうして日本、ソビエト、アメリカという3つのルートから新しい思想や文明、技術を取り入れたわけですが、その成果として20世紀初頭の変革が推し進められたのです。そして、1919年からおこなわれた新文化運動を通じて、さらに日本やアメリカ、ソビエトから新しい知識や技術が紹介され、中国に新しい文明がもたらされることになりました。

その後、日本を経由せず、直接ヨーロッパやアメリカの著作を翻訳するようになり、思想の分野ではルソーやニーチェ、ショーペンハウエル、ヘーゲルなど、ほとんどの西洋思想家の著作、文学の分野ではロマン・ロラン、ヘミングウェイ、バルザック、トルストイ、ジャック・ロンドンなどの作品が紹介されました。しかし、1930年代に日中戦争が勃発してから1949年に中華人民共和国が成立するまでのあいだ、中国はたえず戦争状態にあったため、その時期は世界の思想や文学の紹介、学術交流などは中断してしまいました。

1949年以降、世界は東西、つまり社会主義社会と資本主義社会に二分され、中国は社会主義陣営に属しましたので、公には資本主義社会の著作や学術書の翻訳出版は制限されました。こうした状況は1978年までつづきます。ただし、このころ刊行が制限されていたのはおもに思想、学術、政治、経済、法律分野の著作ですが、西洋の古典文学はさかんに翻訳され、さまざまなシリーズが大量に刊行されました。

そして1979年の改革開放政策以降、中国では堰を切ったように、西側の思想、学術、政治などにかんする大量の著作が翻訳されました。とくに1980年代半ばごろには、西側の構造主義、実存主義、記号論といった思想がさかんに翻訳され、読者が理解するかどうかは別として、翻訳出版がブームとなりました。そうした西側の書物をつうじて、私たちは世界の政治構造、経済状況、企業のあり方などを知るようになり、結果的に中国の発展を大きく推進するエネルギーとなったわけです。

翻訳出版の過熱状況が10年近くつづいたあと、1990年代に入ると、中国の出版業界は実用性の高い新しい分野に目を向け、経済管理学、企業経営学、とくに日本の企業の管理方法にかんする本など、ビジネスの分野が翻訳出版の主流となります。そのため、以前とくらべ翻訳出版のスピードもかなり早くなってきました。

以上が中国における翻訳出版のおおまかな流れですが、三聯書店の翻訳出版についてお話ししますと、1932年に創立された三聯書店では、1930年代から40年代にかけて、マルクスの『資本論』や、エドガー・スノーの『中国の赤い星』などのほか、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』、ヴィクトル・ユゴー、チャールズ・ディケンズ、トルストイなど西洋の文学も早い時期から出してきました。この20年ほど、三聯書店の出版物に占める翻訳書の割合はおよそ6割で、とくに西側の最新の文化・学術の紹介に力を入れています。たとえば「学術前沿」というシリーズでは、ハーバーマス、ハイエクといった思想家の著作を中国で初めて紹介しました。このほか、西側の文化全般を紹介する「文化生活訳叢」というシリーズも刊行しています。 

最近では、エドワード・サイードの『文化と帝国主義』『オリエンタリズム』などを出版しています。去年は彼の自伝『遠い場所の記憶』、今年は『音楽と社会』(ダニエル・バレンボイムとの共著)を出しました。サイードの著作は読者の評判もよく、売れ行きも好調です。

中国ではこの20年来、日本の小説もたくさん翻訳されています。夏目漱石、川端康成のほか、『源氏物語』などの古典文学や、現代の村上春樹の作品など、時代を問わず、さまざまな日本の文学作品が紹介されています。日本の本は三聯書店の翻訳出版でも大きなウェイトを占めており、2000年に丸山眞男の『日本政治思想史研究』、2003年に柄谷行人さんの『日本近代文学の起源』、昨年は小森陽一さんの『天皇の玉音放送』と竹内好の『近代の超克』の翻訳を出版しました。現在はさらに多くの日本の書籍の翻訳を計画しています。

また、三聯書店では1994年に韓国の詩人の許世旭(フ・セウォク)さんの『東方の恋』や『韓国の詩集』(編訳)を翻訳出版し、今年は『彼が言った、彼女が言った』という韓国の恋愛小説を出しました。これまで、私たちの目は西洋に向けられていましたが、これからは韓国の学術や思想にかんする著作もふくめ、アジアを中心に、中東、アフリカ、インドなど、第三世界の国々の思想や学術にかんする著作も積極的に紹介していきたいと考えています。

左から金彦鎬氏、守田省吾氏、汪家明氏。

欧米偏重の翻訳出版から脱却するために

EAPC

みなさんにそれぞれの国の出版事情、それぞれの出版社の取り組みについてお話いただきました。それでは、これまでのお話をふまえて議論していただきたいと思います。

守田

みなさんのお話をたいへん興味深くうかがいました。そこであらためてお聞きしたいのは著作権にかかわることです。日本が著作権にかんする国際条約であるベルヌ条約に加盟したのは1899年です。中国と韓国がこの条約に加盟したのは1990年代に入ってからですが、中国と韓国それぞれの出版界において、ベルヌ条約加盟の前と後ではどういう変化があったのでしょうか。

韓国がベルヌ条約に加盟したのは1996年です。条約加盟によって翻訳の質がひじょうに高くなりました。加盟する前は、どんな本を翻訳するか、誰に翻訳を頼むかということをしっかり検討していたとは言いがたい状況だったのですが、加盟後には翻訳者の選定にも責任をもって取り組むようになっています。

中国の加盟は1992年です。加盟してから大きく変わったことは、まず翻訳書の量が多くなったことです。というのは、翻訳出版のルールを他国と共有することになったことで、加盟後は西側の出版社から翻訳権の売り込みがくるようになったのです。それまでは、西側の出版社が中国に版権を売り込むことはなく、実際に外国へ足を運んで本を探さなくてはなりませんでした。西側の出版社にとって、中国では本の価格が低いため、利益は見込めませんし、契約の数以上の部数を発行する恐れもあったからではないでしょうか。

しかし、最近になって状況は変わりました。中国は人口が多く、大きな市場があります。西側の出版社は、中国は本の価格は低くても印刷部数が膨大であることに注目しています。こうしたことから、中国では今後も翻訳出版の量が増えていくでしょう。

翻訳出版のレベルが高まっている一方で、気になっていることがあります。それは韓国では本の寿命がだんだん短くなっていることです。これは翻訳書に限らないかもしれませんが、1年以上の寿命をもつ本は少ない。ほとんどの本が1年もたたないうちに市場から姿を消してしまいます。こうした状況とインターネットが普及した社会において、本はどのような役割を果たすべきなのか。これが韓国の出版人にとってもっとも大きな課題なのです。

なかでも翻訳出版においては、たとえばアメリカで出版された本がほとんど同時に中国、日本、韓国で翻訳出版されたりします。そうした状況を見ると、翻訳出版のありかたについて、もう少し普遍的に考えるべきではないかと思うのです。各国ですばやく、同時に翻訳が出版されることによって、価値を共有するスピードは早まります。そこで、翻訳の意味、翻訳の可能性をあらためて考え直すべきではないかと思います。

そうですね。翻訳出版の現状を見ても、圧倒的に欧米の本に偏っている気がします。実際、フランクフルトのブックフェアでは、東洋の出版社が西洋の本の版権を買うケースがほとんどで、逆のケースは少ないという印象を受けました。

おっしゃるとおりです。フランクフルトのブックフェアを否定するわけではありませんが、それと同じような場をアジアの出版人がアジアにつくらなくてはいけません。現在の状況は、私たちが欧米の著作、あるいはコンテンツにとらわれているということが招いたものです。それを克服するためには、アジアのコンテンツを開発し、西洋にアピールするというしくみが必要です。そのようにしてバランスをとらないかぎり、現在の状況は変わらないのではないでしょうか。

守田

いまのフランクフルト・ブックフェアでは、ヨーロッパよりもアメリカの力が強い。アメリカの版権を他の国の出版社が引き受けている構造が見られます。たとえば、一昨年みすず書房で出したある本は、韓国ではすぐに翻訳出版されました。その本を欧米に売り込もうと、詳しい内容紹介の文書を英語でつくって、フランクフルト・ブックフェアに持っていったのです。ところが、すべて英語に訳されたものを見て判断するという対応しかありませんでした。つまり、東アジアと欧米はインタラクティブになってないわけです。ですから、私もいまの金さんのご意見とご提案におおいに共感します。

世界の出版市場を見ると、西側の市場はほぼ飽和状態にありますが、中国には大きな市場が残されています。去年の北京のブックフェアで、フランスやドイツの出版社の人に、中国の出版状況はそれぞれの国でどのくらい知られているのか、どのように理解されているのか聞いてみました。すると、西側の出版業界は中国の出版事情をほとんど知らないのではないかという答えでした。つまり、翻訳出版における西側偏重状況は、情報不足が大きな原因と言えます。ですから、とりあえず中国、日本、韓国の三国、あるいは私たち三つの出版社で出版情報の交流をおこなうことからはじめてみてはどうでしょうか。

近代以降、私たちは西洋の本を読んでさまざまな知識を学んできました。そのために、西洋人が書いた本はすぐれていて、東洋人が書いた本はそれよりも質が劣る、というようなおかしな先入観があるように思います。もちろん、実際には東洋人が書いた素晴らしい本はたくさんある。にもかかわらず、これまで中国、日本、韓国の間ではそうした情報の交流がほとんどありませんでした。ですから、これからは東アジア出版人会議のような機会を通じて、漢字文化圏における情報交流や、相互の出版に取り組んでいくべきではないでしょうか。お互いに価値のある本を出版していけば、市場は拡大していくはずです。そのなかで著者も育成されていくでしょう。

私たち三つの出版社の共通点は、人文精神を重視していることです。この共通点をふまえて私たちができることは少なくないと思います。たとえば、日本の丸山眞男の著作、韓国の咸錫憲の著作を中国で翻訳出版し、同時に中国のすぐれた思想家の著作を日本や韓国で出版する。そうした具体的な試みから出版交流の第一歩を踏み出してみてはどうかと思います。

日本の出版界は、私たち中国の出版界にとって先輩といえます。西側の知識や文明を日本から取り入れてきた歴史がありますし、日本の出版は世界的にみてもレベルが高い。ですから、日本の出版の経験を吸収して、三国の交流を推進していくことができればと考えています。

私たちは本をつくる仕事に従事しながら、同時に読者として本を読んでいます。たとえば、実際に丸山眞男の著作を翻訳して読んでみると、西洋の著作よりも深い感動を受けることがある。また、韓国の咸錫憲先生はインドのガンジーと比較される知識人です。ガンジーは世界的に有名なのに、なぜ咸先生は世界にあまり知られていないのか。そう考えると、私たちはまだ、価値ある本を共有しているとはいえないのではないでしょうか。情報交流したり、お互いの本を翻訳し合うことのほかにも、価値を共有する試みとして、たとえば三国が集まって1冊の本を出す、本を共同でつくることも提案したいと思います。

守田

いまお二人にはみすず書房の目録をお渡ししました。今後は新刊情報もお送りしたいと思います。同じように、みなさんから目録と新刊情報をお送りいただけますでしょうか。まずそれぞれがどのような本を出版しているのか、お互いに知ることとともに、こうした顔と顔を突き合わせた議論をこれからもつづけていきたいですね。

EAPC

東アジアの出版人が直接顔を合わせる機会はそう多くありません。東アジア出版人会議が開かれる機会に、今後も出版人同士の議論の場を設けていきたいと思います。そして、こうした議論を4言語によるウェブサイトを通じて東アジアの外にも発信していきたいと考えています。今日は通訳を介しての長時間にわたるお話をありがとうございました。

(2006年4月1日、中国・杭州の浙江西子賓館にて)

Profiles

金彦鎬 (Kim Eoun-Ho)

1944年、慶尚南道・密陽市生まれ。中央大学新聞学科およびソウル大学大学院新聞学科でコミュニケーション論を専攻、1968年より韓国の日刊紙「東亜日報」に記者として勤務するが、1974年から75年にかけて言論の自由運動にかかわり解雇される。1976年にハンギル社を設立し、以来人文、社会科学、歴史、文学、芸術、児童文学の分野の出版を手がける。そのなかには「今日の思想新書」、古典翻訳の「ハンギル・グレート・ブックス」などのシリーズをはじめ、『咸錫憲全集』全20巻(1985年)、『韓国史全集』全27巻(1995年)などがある。韓国出版人会議を創設、その会長を務め、坡州出版文化情報産業団地(パジュ・ブックシティ)とヘイリ文化芸術村の建設を指揮するなど、韓国を代表する出版人の一人として活躍。著書に『出版運動の状況と論理』(1987年)、『本の誕生1・2』(1996年)などがある。ハンギル社 »

汪家明 (Wang Jiaming)

1953年、青島生まれ。美術関係の仕事に従事したのち、1978年に曲阜師範学院国文学科入学。1982年に同学院を卒業後、中学校の国語教師になる。1984年に出版界に入り、山東画報出版社、山東出版総社を経て、2002年より生活・読書・新知・三聯書店副総経理・副編集長。山東画報出版社では『老照片』(古写真)、『図解中国百年史』、『老漫画』(古漫画)などの企画に携わる。著書に評伝『仏教と文学−−豊子』(花山文芸出版社、1992年/中国青年出版社、1995年/台湾世界書局、1996年)、『魂の旅−−トルストイ』(太白文芸出版社、1998年)、『陋巷の弦歌−−孫犁』(大象出版社、2003年)、散文小説集『久しぶりの感覚』(山東画報出版社、2002年)などがある。生活・読書・新知・三聯書店 »

守田省吾 (Morita Shogo)

1956年、大阪生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1981年みすず書房入社。現在、みすず書房取締役編集部長、月刊『みすず』編集長。フッサール、メルロ=ポンティなどの哲学、デリダ、サイード、アーレントを筆頭に現代思想の数々の翻訳書から、『家族の深淵』(毎日出版文化賞)『最終講義』はじめ精神科医・中井久夫との数々の仕事、『丸山眞男書簡集』(全5巻)など、人文社会科学・歴史・文学・心理学・精神医学・芸術分野の単行本の編集にかかわる。最近の仕事に宮地尚子『トラウマの医療人類学』(2005年)、エドワード・サイード『故国喪失についての省察』(大橋洋一ほか訳、2006年)、クロード・レヴィ=ストロース『生のものと火を通したもの 神話論理Ⅰ』(早水洋太郎訳、2006年)などがある。みすず書房 »